埼玉県の南西部に位置する富士見市の一角、春には満開の花を咲かせる小川に沿った桜並木の入り口にそのお店はあります。小学校の校庭には児童の元気な声が響き、住宅街のベランダには洗濯物がはためいている、そんなどこにでもあるような日常に寄り添うように、店主の齊藤正さんは今日も美味しい珈琲を淹れていることでしょう。
齊藤さんが使用する自家焙煎釜は’60年代製、少々年季の入った代物です。これは、ある日大好きだった自家焙煎のお店が閉店することを知った、当時会社員だった齊藤さんが「この珈琲が無くなるのなら、自分でこの珈琲を作ればいい。」と、その店の焙煎釜を譲り受けたものだそうです。サラリーマンから焙煎士に華麗なる変身を遂げた物語はいつか発表されるかもしれない自叙伝に期待するとして、とにかく齊藤さんは、ご自分と同年代の焙煎釜で真摯に豆と向き合っています。
齊藤さんは豆と対話できる人です。「今がいいですよ」「もう少し待ってください」と豆の方から語り掛けてくる焙煎のタイミングを聞き逃さず、ピタッと火入れを止めます。「言われた通りにしてるのに、良いときもあれば、ダメなときもある。豆ってツンデレです。」こう語る齊藤さんと珈琲豆との関係は、傍から見ると仲が良いのか悪いのかわからない、ヤキモキさせられる恋人同士にも見えてきます。
それでも、この一筋縄ではいかない「彼女」の魅力を十分に引き出すべく、齊藤さんは今日も釜に向かいます。
こうして作られた珈琲が美味しくないはずがないのですが、客もまたツンデレです。極深煎りのシアトル系を好んでいた珈琲通は、サードウェーブなるフレーズに飛びつき浅煎りを求めるようになり、昨今ではフォースウェーブという言葉まで登場しています。定義はそれぞれあるのでしょうが、齊藤さんが求める味はただひとつ、「自分が美味しいと思える味わい」です。それは決して押し付けがましい自己主張ではなく、自分が納得できないものはお客様にも納得していただけないという信念から来るものなのです。
トックリキワタ珈琲店は開店に際し、masa’s factory齊藤正さんに多大なるご協力を賜りました。店作りのいろはを惜しみなく聞かせてくださったことに大変感謝しております。
そんな齊藤さんの珈琲を飲みに、ぜひ埼玉のmasa’s factoryに足を運んでみてください。収集癖のある店主の集めた「おじさんの人形」や「平均台」など、変なものが行くたびに増えていて思わず笑みがこぼれること間違いなしです。世の中には写真映えするインパクトのあるメニューを提供する店や、そこへ行くことが特別な一日になるような気合の入った店など、さまざまなカフェがありますが、masa’s factoryはなんでもない日常にほっと一息、しかも幸せな一息をつかせてくれるお店です。
ただし、OPENの看板を掛け忘れた店主が、一人ぽつんと客を待ちわびていることも多々ある「脱力系カフェ」でもありますので、ご来店の際は十分ご注意くださいませ。
MASA’S FACTORY
〒354-0021 埼玉県富士見市鶴馬982
TEL:049-257-6333
URL:masa-factory.jp
facebook:@masa.factory